73歳のアルヴィン・ストレイトという老人が長らく仲違いしていた兄が心臓発作で倒れたことを知り、560kmの道のりを時速8kmのトラクターに乗って会いに行ったという実話。1994年8月25日のニューヨークタイムズ紙に掲載されたその記事を読んだのは、デヴィッド・リンチ作品の編集を手掛け、公私にわたるパートナーのメアリー・スウィーニーだった。96年にアルヴィンは亡くなっていたが、記事に感動したスウィーニーはジョン・ローチとともにその道のりを辿り、アルヴィンの家族や旅で出会った人たちに話を訊いて脚本を執筆した。その脚本をリンチが読み、シンプルでまっすぐな物語に心を揺さぶられ、自ら監督することを決めた。脚本を執筆したスウィーニーが製作と編集を兼ね、撮影は『エレファント・マン』(80)『デューン/砂の惑星』(84)のフレディ・フランシス、音楽は『ブルーベルベット』(86)で成功を収めて以降、多くのリンチ作品を手掛けたアンジェロ・バダラメンティ。美術は『イレイザーヘッド』にも出演し、リンチの学生時代からの親友のジャック・フィスク。衣裳は『エレファント・マン』以降のリンチの作品に参加しているパトリシア・ノリスとリンチ作品に欠かせないスタッフが集結。
アルヴィン・ストレイトを演じるのは、ジョン・フォード監督作品などのスタントマン出身で、63歳で初主演した『グレイフォックス』(83)で高い評価を受けたリチャード・ファーンズワース。本作で「宝石のようにすばらしい」と評され、アカデミー賞®︎主演男優賞にノミネートされたほか、数々の映画賞を受賞した。美術のフィスクの妻であり、リンチの親友のシシー・スペイセクが心に深い傷を持つ娘、ローズを繊細に演じる。兄ライルはハリー・ディーン・スタントンが短いながらも胸に響く名演を見せる。
ヴィッド・リンチ監督が信頼するスタッフ&キャストとともに愛すること、許すことをシンプルに描き、リンチ作品で初めて一般向けのレイティングでアメリカではディズニーが配給し、「すばらしく、忘れがたい映画」「シンプルで感動的。観客の心をとらえて離さない」などと絶賛され、大ヒットした永遠の感動作。トウモロコシ畑をトラクターがゆっくりと進んでゆく広大な風景が心に残る物語とともにデヴィッド・リンチ自身が生前に監修した美しい4Kリマスターでスクリーンに甦る
(敬称略・順不同)
毎日、仕事に追われるように走っていると、ふと、「自分はどこに向かっているんだろう」と思う瞬間があります。
そんな時に、偶然出会ったのがこのデヴィッド・リンチ監督作品『ストレイト・ストーリー』でした。
トラクターに乗って、たったひとりで兄に会いに旅をする老人。 その姿は一見、奇妙にも、無謀にも見えるけれど、彼のゆっくりとした旅路を見つめているうちに、いつのまにか自分の心が落ち着いていくのを感じました。
忙しい毎日の中で忘れていた“大切なもの”をそっと思い出させてくれる――そんな映画です。
スピードではなく、心で進む旅。
『ストレイト・ストーリー』、ぜひ静かな気持ちで観てみてください。
森川智之(声優)
遅さに身を委ねてこそ浮かび上がる、かすかな輪郭の気配が美しい。生きていくこと、老いていくことが少し楽しみになった。
山中瑶子(映画監督)
いま改めて観ると、途轍もない名作。涙が止まらない。誰がこれを「リンチらしくない」などと言ったのだろう。
晩年のリンチは、スピルバーグの『フェイブルマンズ』でジョン・フォード役を演じた。そのつながりの答えに当たるものが、フォード映画のスタントマンを長年務めた本作の主演俳優、リチャード・ファーンズワースが米中西部を旅する姿にある。
森直人(映画評論家)
大学時代、デヴィッド・リンチを偏愛していた先生が悪夢的な映画の世界に学生たちを招き入れながら、
「しかし私たちは夢を、寝ているときに見ているのか、それとも目覚めているときにこそ見ているのか、どちらなのでしょう」と問いかけた。
リンチのフィルムのなかでも真っ直ぐな愛を描く『ストレイト・ストーリー』は、人生の最期に微睡みながら見る夢のような作品だった。
そしてこの映画の遅さ、弛緩、まどろっこしい歩みは、あまりにも忙しない今を生きる私たちにこそ、必要なものである。
児玉美月(映画批評家)
暗く不思議な作風で知られるデヴィッド・リンチが贈る、ストレートな逸品。兄に会うためトラクターで560kmを横断した老人を描く「感動の実話」ものとして伝統的な構成をとっているからこそ、監督のマジックが際立つ。たとえば、道中出会う人々との心に残る対話はロードムービーのお約束。しかし不思議なことに、物語が進むにつれ、交流相手の年代も上がっていく。こうした仕掛けによって、観客もまた、主人公の過去と現在をめぐるスピリチュアルな体験に包まれていく。何より、日常の美やおかしさ、神秘をとらえる魂は、ほかのリンチ作品と変わらない。監督自身が「キャリアで一番実験的」と銘打っただけある、映画の魔法がここにある。
辰巳JUNK(ライター)
この素朴で感動的な物語が最も異色な作品なのだから、やはりデヴィッド・リンチは特別だ。時速8kmのトラクターにまたがり、560kmも離れた場所を目指す老人の旅路で、過ぎ去った時代への哀愁を滲ませながら未来への希望も予感させる。この驚くほどストレートに胸に迫る人生讃歌を鮮明な映像で観られるなんて、なんと幸せなことだろう。
ISO(ライター)
メアリー・スウィーニー
近影
デヴィッドは脚本を読んですぐに監督を引き受けてくれました。彼が監督をしてくれたことが、私にとって誇りです。その上、デヴィッドを愛する人たちが、作品群の中で異色だと驚きつつも、デヴィッドらしさを見出して世界中で愛される作品になりました。社会はより不寛容になっていると思います。今、この映画が多くの方に響くといいなと思います。自然の素晴らしさ、もっとゆっくり生きることを感じてほしい。
メアリー・スウィーニー(『ストレイト・ストーリー』製作・脚本・編集) 2025年12月5日インタビューより
デヴィッド・リンチ
『ストレイト・ストーリー』撮影時の姿
『ストレイト・ストーリー』は、愛すること、許すこと
そうした心の動きをシンプルに描いた映画だ。
デヴィッド・リンチ(『ストレイト・ストーリー』監督)